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東京高等裁判所 昭和46年(う)2782号 判決 1972年11月30日

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官栗本六郎が作成した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用する。

<証拠・略>を総合すると、次の事実を認めることができる。

神奈川県大和警察署長は、過激派学生が米海軍厚木航空基地を爆破する計画がある旨の情報に基づき、昭和四四年一一月一三日から同月一七日までの間、右基地周辺の警戒警備を実施した。右警備は、同署長を警備本部長とし、附近の九警察署から派遣された者を含む四〇名の警察官を四名ずつ一〇班に編成し、津久井警察署から派遣された小尾巌、大谷業好、早田某、中村某の四巡査で一班を編成したが、この一班が同月一四日午後五時四〇分頃中村巡査運転の警備車に同乗し、同車が時速約二〇キロメートルで神奈川県高座郡綾瀬町蓼川一、四〇三番地先路上に差しかかつたところ、同車の前照灯のライトの中に約五〇メートル前方から歩いてくる女性を含む四、五人の人影を助手席に乗つていた小尾巡査が発見した。その人影は、一瞬のうちに左前方の茂みに消えたが、ここは、前記厚木航空基地の外周金網から約一〇〇メートル離れた畑地で、近くの同基地内には米軍燃料貯蔵タンクが設置されていたため、前記警備計画においては重点警戒地区(徒歩警戒地区)に指定されていた。しかもそのあたりは一般民家が遠く、夜人の通行することは通常考えられない場所だつたので、中村巡査は直ちに警備車を停車させ、小尾巡査らは下車し、懐中電灯で草むらを照らしながら捜したところ、附近の農道脇の藪の中のくぼ地に前かがみの姿勢でしやがんでいる被告人を発見したが、被告人以外の者の姿は見当らず、その附近を捜したものの発見するに至らなかつた。小尾巡査は、被告人の異常な挙動その他事態の推移、周囲の状況等から犯罪の容疑があると判断して被告に対し「名前は」「今ごろ何してるんだ」などと職務質問をしたが、被告人は黙つていてほとんど応答しなかつたので、その足元にあつたショルダーバッグを指して「このバッグはお前のか」と尋ねたところ「私のです」と答えただけで、中味については全然答えなかつた。小尾巡査は、被告人を約4.4メートル離れた農道まで連れ出した上、他の三名の巡査が被告人に対し職務質問をしている間に、被告人がしやがんでいた地点に戻り、被告人がおいていたショルダーバッグに外側から手で触れたところ、中に固いびんのような物体が入つていることがわかつたので、被告人に対し「中を見せろ」「開けていいか」と言つたが、被告人は、「いけない」「見せる必要はない」と答え、応じなかつた。しかし、小尾巡査は、当日午後五時頃警備に出動する直前、当直主任から情報として同日夜か、翌晩、過激派学生八〇名が四班に分かれ、厚木航空基地など四か所の米軍基地を爆破するという計画がある旨聞いていたし、事態の推移、周囲の状況等からみて、被告人が承諾しないからといつてショルダーバッグの内容を確認しないわけにはいかないと考え、被告人に「開けるぞ」といつただけで、その承諾を得ないで右バッグのチャックを開いた。懐中電灯で照らしながら、その中をみると、大封筒に入つた鉄パイプのような物体、サイダーびんのような物の上部に小びんがついている物体および小さい時計のような物体等が入つていたので、小尾巡査は、初めてこれは爆弾であると考え、前記情報および被告人が学生風であることをも考え合わせて、被告人が厚木航空基地を爆破する目的で爆発物を所持していると認め、その場で被告人を爆発物取締罰則違反被疑者として現行犯逮捕するとともに、前記バッグおよびその内容物を差押えた。

そこで次に、右のような状況のもとでの職務質問に際し、その附随行為として所持品検査が許されるかどうか、許されるとすれば、その限度、方法などについて検討してみたい。

原判決は、本件の場合、警察官が被告人に対し職務質問をしたこと及びそのバッグに外側から手を触れたことは、警察官職務執行法(以下警職法という)による適法な行為であるが、チャックを開いて内容物を検査した行為は、強制力を用いたものであつて、強制力をもたない職務質問の範囲をこえているから、その附随行為としても許されず、捜索という強制処分に属する行為として憲法、刑事訴訟法(以下刑訴法という)の厳格な規制を受けるべきであると解し、この観点から、それを違憲、違法であると判断している。

警職法二条一項による職務質問を実効的なものとするため、その附随行為としてある程度の所持品検査が許されることは疑いないが、この所持品検査は、任意的手段(たとえば、所持者自身に呈示させるとか、その承諾を得て検査するとか等)によつて行われるべきで、強制処分に属する捜索と同じ手段、態様では行われ社得ないと解される。しかし、任意処分といい強制処分というも、当該行為の具体的態様やこれが行われた具体的状況を仔細に検討しないと、そのいずれに属するかを的確に判断できない場合があり、両者の限界には時に微妙なものがある。また厳密にいうと、多くの場合、職務質問自体にも、強制的要素が全然ないとはいいがたく、本件のように単にバッグの外側から手を触れるだけの行為でも、――明らかに相手方の承諾が予想される場合以外には、――任意性に疑いのある一種の実力行使と見るほかはない。原判決がこの程度の実力行使を職務質問に伴う附随行為として適法であると解したのは、それが相手方に何ら実害を与えず、社会的にみて、前記のような状況のもとでは、警察官に当然許される相当な行為であると判断したためであると思われる。当裁判所も、この見解を支持する。

本件の問題点は、どのような状況のもとでも、職務質問ないしその附随行為としてそれ以上の実力行使は絶対に許れないと解すべきかどうかにある。原判決は、外から手を触れる以上の行為は、たといチャックを開き内容物を確めるだけの行為でも、警職法上の行為としては絶対に許されないと説く。しかしこの理は、本件の具体的状況にあてはめて考えると、強い疑問を免れない。すなわち、バッグに触つたあとの経過をみると、小尾巡査は、バッグの中に固いびんのような物体が入つているのに気づいたので、被告人にその呈示を求めたが応ぜられなかつたため、自らチャックを開き、内容物をそのままの状態で外から一見したというのであつて、すでにチャックを開こうとする際には、被告人らが航空基地を爆破しようとしていたのではないか、バッグの内容物がそれに用いるための爆発物でないか、という重大な犯罪についての容疑が相当濃厚になり、これをそのまま放置しておくのは危険であるという緊迫した状況にあり、同巡査も、そのように感じていたと思われる。右の状況に徴すれば、職務質問にあたつていた小尾巡査が「中を見せろ」といつて内容物の呈示を求めた行為および「開けていいか」と承諾を求めた行為が警職法上の行為として適法なのはもちろん、これらが拒否された場合に、何らバッグを損壊することなく、単にそのチャックを開き、内容物をそのままの状態で外から一見した行為も、――外形的には警職法二条一項による行為の範囲を多少こえるようにみえるが――問題になつている容疑事実の重大性、危険性、実力行使の態様と程度、これによつて侵害される法益と保護されるべき利益との権衡等からみて、警察法、警職法を含む法秩序全体の精神に反しない社会的にも妥当性の肯定される行為として許容されると解するのが相当である(ただこの際念のため附言しておきたいことは、この種の行為は、あくまで具体的状況に即し、具体的にその適否を判断すべきで、徒らに事を抽象化し一般化して論ずるのは、人権保障上も、刑事司法の運営上も好ましくなく、この点に深く留意する必要がある、ということである。)したがつて、この点において原判決は、警職法二条一項の解釈を誤つたものといわなければならない。

その後小尾巡査は、所持品検査の結果バッグの中に爆発物を発見したので、被告人が厚木航空基地を爆破する目的で爆発物を所持していると認め、これを現行犯人として逮捕し、その場で爆発物在中のショルダーバッグを差押えたものと認められる。したがつて、本件証拠物の差押手続は、刑訴法二二〇条一項に違反せず、憲法三五条にも違反しないことは明らかで、本件証拠物の証拠能力を否定することはできない。

原審が本件証拠物の証拠能力を否定し、証拠物の存在を前提として獲得された証拠書類(原審証人小尾巌の原審公判廷での供述の一部を含む)の証拠能力も否定し、証拠物について取調請求を却下し、証拠書類について排除決定をし、爆発物取締罰則違反の事実につき、被告人の自白のほかに補強証拠がないとして無罪の言い渡しをしたのは、訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

そこで、その余の控訴趣意に対し判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三七九条、四〇〇条本文により、主文のとおり判決する。

(横川敏雄 山崎茂 中島卓児)

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